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高岡開町を祝う一日。高岡城わくわくフェスティバルに参加しました
2026年9月13日(日)、高岡古城公園を中心に「高岡城わくわくフェスティバル」が開催されました。
9月13日は、1609年に前田利長公が高岡城に入城した「高岡開町の日」。
なぜ9月13日が「高岡開町の日」なのかについては、前回のブログで詳しくご紹介していますので、ぜひこちらもご覧ください。
高岡城を舞台に、さまざまな催し
当日は、高岡城を舞台にさまざまなイベントが行われました。
放鷹術の実演や鷹匠体験をはじめ、前田家19代当主をお招きしてのパネルディスカッション、伝承紙芝居の読み聞かせ会、高岡城マルシェ、クイズラリーなど、子どもから大人まで楽しみながら高岡の歴史や文化に触れられる一日となりました。
私も、高岡観光ボランティアガイド「やまたちばな」の一員として、「高岡城魅力発見ツアー」を担当しました。
今回のツアーは、高岡城本丸を一周しながら、高岡城の歴史や遺構、その魅力をご紹介するコース。
高岡市内からはもちろん、市外からも多くの方にご参加いただきました。
普段何気なく歩いている高岡城跡も、歴史や城の構造を知ってから歩いてみると、また違った景色に見えてきます。
高岡城に残る堀や石垣、曲輪など、高岡城ならではの魅力を少しでも多くの方に知っていただけたなら嬉しく思います。
雨予報を覆した、青空
実は開催前、天気予報は雨。
「せっかくの高岡開町の日なのに……」と思っていました。
ところが、当日は予報がいい方向に覆り、いいお天気に恵まれました。
そして、たくさんの方が高岡古城公園を訪れてくださいました。
思えば、17年前の2009年。
高岡開町400年を記念したイベントが行われた年も、同じようなことがありました。
その年の9月13日も、昼頃までは雨。
しかし、午後に行われた「前田利長公入城大行進」の直前になると、雨が上がり、晴れ間が広がりました。
私自身、その大行進に足軽役として参加していました。
17年前の記憶と、今回の一日が重なり、なんだか不思議な気持ちになりました。
高岡開町を記念するイベントが、17年ぶりに
2009年の「高岡開町400年」から17年。
今回、高岡開町を記念するイベントが17年ぶりに開催されました。
17年前と比べると、まちの状況も、私自身の立場も大きく変わりました。
高校生だった私は、今回は高岡観光ボランティアガイドとして、高岡城の魅力を伝える側に。
そして、高岡家守株式会社としても、高岡城跡や高岡大仏を中心としたまちづくりに取り組んでいます。
そんな自分にとって、今回の「高岡城わくわくフェスティバル」は、単なるイベント参加ではなく、これまでの17年間を振り返るような一日でもありました。
そして何より、今回の高岡開町を記念する一日を、たくさんの方がお祝いしてくださったことが嬉しかったです。
高岡の歴史は、過去のものではありません。
今を生きる私たちが知り、楽しみ、次の世代へつないでいくことで、これからの高岡の魅力にもなっていくものだと思います。
高岡家守としても、こうした歴史や文化を大切にしながら、「高岡らしさ」をこれからのまちづくりにつなげていきたいと思います。
夜は、錫タンブラーで乾杯
そして、この日の夜。
2023年に高岡青年会議所が実施した「高岡開町を祝う乾杯リレー」で使用された錫タンブラーを取り出して、乾杯しました。
昼は高岡城で高岡開町を祝い、夜は錫タンブラーで乾杯。
高岡の歴史を感じながら、静かにお祝いする一日となりました。
高岡開町から417年。
これからの高岡を、どんなまちにしていくのか。
400年を超えて受け継がれてきた高岡の歴史に、私たちの時代の一ページを加えていく。
そんなことを改めて考えた一日でした。
これからも高岡家守株式会社は、高岡のまちと人に寄り添いながら、高岡の未来につながる活動を続けていきます。
9月13日は「高岡開町の日」。私のまちづくりの原点
9月13日は、何の日か知っていますか?
高岡市民でも、意外と知らない方が多いかもしれません。
9月13日は、「高岡開町の日」です。
1609年9月13日、加賀前田家2代当主・前田利長公が高岡城に入城しました。
これが、現在の高岡のまちの始まりです。
今年も、9月13日がやってきます。
そして私にとって、この日はもう一つ、大切な意味を持つ日でもあります。
17年前の「高岡開町400年」
2009年は、高岡が開町して400年という大きな節目の年でした。
「高岡開町400年」を記念して、官民一体となったさまざまな記念事業が、1年間を通して開催されました。
当時、高校3年生だった私は、そのメインイベントである、9月13日(日)に開催された「高岡開町まつり 前田利長公入城大行進」に参加しました。
このイベントは、前田利長公が高岡城に入城した様子を再現するもので、前田利長公役を俳優の勝野洋さんが務められました。
そして私は、前田利長公の前を歩きながら、「前田利長公」と書かれた高札を持つ足軽役を務めました。
高校生だった当時の私にとって、もちろん「まちづくり」ということを深く考えていたわけではありません。
ただ、高岡のまちにとって記念すべき日を、みんなで祝い、みんなで盛り上げようとしている。
そんなまち全体の熱気を、肌で感じました。
今振り返ると、あの日の経験が、私にとっての「まちづくりの原点」だったのだと思います。
その後も、二度「高岡開町」に関わりました
それから10年。
2019年には、高岡青年会議所の事業「高岡開町410年記念 高岡城下町フェスタ2019」に委員会メンバーとして携わりました。
※高岡開町410年記念 高岡城下町フェスタ2019参考
http://kojyopark.sblo.jp/article/186462734.html
高岡城本丸広場を舞台に、「モザイクアートで創る幻の高岡城」をはじめ、ステージイベントや体験ブースなどを開催。
私は、高岡に関するクイズの作成などを担当しました。
そして2023年には、同じく高岡青年会議所の事業「町おこし日本in高岡 乾杯リレー」に携わりました。
高岡開町をお祝いし、能作の錫タンブラーと国吉りんごジュースを使った「乾杯リレー」で、市民参加型のギネス世界記録に挑戦した事業です。
※町おこし日本in高岡乾杯リレー 参考
https://readyfor.jp/projects/kanpai
残念ながら、記録達成には届きませんでした。
それでも、多くの市民が一緒になって高岡の開町を祝い、高岡のまちに関心を持つきっかけをつくることができたのではないかと思っています。
そして、こうした経験を振り返ると、自分が高校生のときに参加した「高岡開町400年」から、今のまちづくり活動まで、一本の線でつながっているように感じます。
2026年、今年も「高岡開町の日」に
そして今年、9月13日(日)には「高岡城わくわくフェスティバル」が開催されます。
高岡開町400年の2009年以来となる、官民一体となった事業です。
私自身も当日は、高岡観光ボランティアガイド「やまたちばな」の一員として、**「高岡城魅力発見ツアー」**の案内を担当します。
高校生だった17年前には、足軽として前田利長公の前を歩いていました。
そして今年は、ガイドとして高岡城の魅力を伝える側に立ちます。
そう考えると、なんだか不思議な縁を感じます。
※高岡城わくわくフェスティバルの詳細はこちら
https://www.city.takaoka.toyama.jp/soshiki/keikammidorika/2/3/2/1/13700.html
「高岡開町の日」を、もっと知ってほしい
9月13日が「高岡開町の日」であることは、まだまだ多くの人には知られていません。
だからこそ、もっと知ってほしいと思っています。
高岡というまちは、どんな歴史を持っているのか。
なぜ、この場所にまちがつくられたのか。
どんな特徴があり、どんな魅力があるのか。
そして、今どんな課題を抱えているのか。
私は、まちづくりは「まちを知ること」から始まると思っています。
自分たちが暮らすまちのことを知る。
その歴史を知り、魅力を知り、課題を知る。
知る人が増えれば、まちを好きになる人が増えるかもしれない。
そして、まちを好きになる人が増えれば、「このまちをもっと良くしたい」「自分も何かやってみたい」と思う人が生まれるかもしれません。
17年前、高校生だった私が感じた、あの「高岡を盛り上げよう」という熱気。
その経験が、今の私のまちづくりにつながっています。
だからこそ、これからも高岡の歴史や魅力を伝えながら、高岡を知るきっかけ、関わるきっかけ、挑戦するきっかけをつくっていきたいと思います。
明日、9月13日は「高岡開町の日」。
高岡のまちが始まった日です。
ぜひこの機会に、私たちのまち・高岡について、少しだけ考えてみてはいかがでしょうか。
商店街視察研修に参加して ―「誰のための商店街か?」を考える―
こんにちは。
高岡家守株式会社の代表取締役、福岡です。
先日、「高岡市商店街連盟」の視察研修に参加しました。
私は2024年から、高岡市商店街連盟の事務局長を務めています。高岡市商店街連盟には、高岡市内の15の商店街などが加盟しており、それぞれの地域で商売を営みながら、商店街の維持・活性化に取り組んでいます。
今回の視察では、東京都内の商店街を訪問し、現地の方々から直接お話を伺いました。
今回訪れたのは、調布市の「天神通り商店会」と、杉並区の「和田商店会」です。
「参道」としての価値を高める
―調布市・天神通り商店会―
最初に訪れたのは、調布駅から布多天神社へと続く「天神通り商店会」です。
その名のとおり、布多天神社へと続く歴史ある参道に位置する商店街です。
また、調布は漫画家・水木しげるさんゆかりの地としても知られており、商店街には「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとするキャラクターのモニュメントが並んでいます。
神社という歴史的な地域資源に加え、水木しげるさんや「ゲゲゲの鬼太郎」という地域ゆかりのコンテンツも活用しながら、独自の商店街の魅力をつくっています。
今回のお話の中で特に印象に残ったのが、「参道としての存在価値を高める」という考え方でした。
単に「お店が並んでいる通り」と考えるのではなく、神社へ向かう道そのものに意味を持たせる。
布多天神社との連携を強めながら、参道としての魅力を高めることで、商店街の活性化につなげてきたそうです。
また、商店街を彩る梅紋のフラッグを統一して掲げるようになった背景には、金沢を視察した際に見た街の風景があったとのこと。
他の地域で良いと思ったものをそのまま真似するのではなく、自分たちの地域に合う形に取り入れていく。
この姿勢も、とても参考になりました。
「誰のための商店街なのか?」を突き詰める
―杉並区・和田商店会―
続いて訪れたのが、杉並区の「和田商店会」です。
和田商店会は、杉並区和田地域にある商店街で、飲食店や食料品店、理美容、生活サービスなど、地域の暮らしに関わるさまざまなお店が並んでいます。
一方で、駅前に位置する商店街ではなく、駅からは距離のある立地です。
そうした立地条件の中で、どのように地域の人に商店街を利用してもらうのか。
そのことを考える上で、非常に興味深い取り組みをされていました。
ここで特に印象に残ったのが、「誰のための商店街なのか?」という問いを突き詰めたことでした。
2010年頃から、マーケティングの専門家にも入ってもらい、商店街のことを考える上で「誰に来てもらいたいのか」「誰に必要とされる商店街なのか」という視点を深掘りしていったそうです。
そして、地域の人口構成などを踏まえ、特に「子育て世代」に着目。
子育て世代や親子に商店街を知ってもらい、実際に来てもらうための取り組みを、短期的なイベントだけで終わらせず、時間をかけて積み重ねてきました。
また、人・もの・お金などのリソースについても、できる限り自分たちの身の丈で回せる範囲で取り組むことを大切にしているとのこと。
大きな予算や大きな組織がなければ何もできない、ということではない。
自分たちにできる範囲で、無理なく、長く続けていく。
その積み重ねが、商店街の力になっているのだと感じました。
高岡の商店街に置き換えてみる
今回、2つの商店街を視察して、私自身が改めて考えたことがあります。
それは、「高岡の商店街にとって、本当に必要なものは何なのか?」ということです。
高岡の商店街にも、長い歴史があります。
そして、歴史ある神社や寺院につながる「参道」として形成されてきた商店街も少なくありません。
であれば、天神通り商店会のように、改めて**「参道としての存在価値を高める」**という視点があってもいいのではないでしょうか。
単に「お店を増やす」「イベントを開催する」ということだけではなく、
「なぜ、この通りを歩くのか」
「なぜ、この場所に来るのか」
「この通りだからこそ感じられるものは何なのか」
を考える。
それが、その商店街ならではの価値につながっていくのではないかと思います。
そして、もう一つ。
「誰のための商店街なのか?」
この問いを、私たちももっと突き詰める必要があると思っています。
誰かに必要とされるからこそ、人はその場所に来る。
誰かに必要とされるからこそ、そこで買い物をする。
誰かに必要とされるからこそ、その商店街が残っていく。
商店街活性化というと、どうしても「人を呼ぶ」「イベントをする」といった話になりがちです。
もちろん、それも大切です。
しかし、その先にあるのは、「誰に、何を提供し、その結果として商店街の商売が成り立つのか」という経営の視点ではないでしょうか。
商店街を「経営」の視点から考える
商店街は、地域の歴史や文化を受け継ぐ場所であると同時に、そこに商売をする人がいる「経済の場」でもあります。
だからこそ、まちづくりの視点だけでなく、経営の視点から商店街を考えることも必要だと思います。
「誰のために商店街があるのか?」
「その人は、なぜ来るのか?」
「何を求めているのか?」
「そのニーズに、商店街として応えられているのか?」
そして、
「その結果として、商売が成り立っているのか?」
今回の視察では、東京の2つの商店街から、それぞれ異なるアプローチを学ぶことができました。
一方は、地域資源である神社との関係を深め、「参道」という商店街の価値を高める。
もう一方は、地域の暮らしを見つめ、「誰のための商店街なのか」を明確にする。
どちらも、決して一朝一夕にできたものではありません。
高岡にも、高岡にしかない歴史や文化、地域資源があります。
今回の視察で得た学びを、高岡の商店街のこれからを考えるための一つの材料として、今後の活動につなげていきたいと思います。
高岡の商店街が、これからも「必要とされる場所」であり続けるために。
私自身も、商店街の一員として、そしてまちづくりに携わる者として、考え続けていきたいと思います。
高岡の商店街には、まだまだ可能性があります。
災害の少ないまちから、災害に備えるまちへ ― 8月27日の豪雨災害を受けて ―
こんにちは。
高岡家守株式会社の代表、福岡です。
8月27日、石川県・富山県を中心に大雨となり、高岡市でも各地で被害が発生しました。
このたびの豪雨災害により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
現在も、ご自宅の片付けや生活の復旧など、さまざまな対応に追われている方がいらっしゃることと思います。
一日も早く、被災された皆さまのもとに日常の暮らしが戻ることを、心より願っています。
「まちをつくる」とは、「まちを守る」ことでもある
私たち高岡家守株式会社は、高岡のまちなかで空き家の活用や事業づくり、地域の魅力づくりなどに取り組んでいます。
私たちが大切にしているのは、単に建物をきれいにしたり、新しいお店を増やしたりすることだけではありません。
そこで暮らす人がいて、働く人がいて、訪れる人がいる。
そんな「人の営みが続いていくまち」をつくることが、私たちの仕事だと考えています。
だからこそ、今回の災害を目の前にして、改めて考えました。
安心して暮らせることも、まちの大切な価値なのではないか。
どれだけ魅力的なまちでも、災害が起きたときに地域で支え合うことができなければ、そこで暮らし続けることはできません。
空き家を活用することも、観光客を呼ぶことも、新しい事業を生み出すことも大切です。
しかしその土台には、
「このまちで暮らしていて大丈夫」
「困ったときには誰かが助けてくれる」
と思える地域のつながりが必要なのだと思います。
今回の豪雨は、私にとってそのことを改めて考える機会になりました。
私は「防災士」でもあります
実は私は、防災士の資格を持っています。
また、普段暮らしている地域では、地元小学校区を中心とした「博労防災士会」の副会長を務めています。
防災士は、災害時に消防や行政に代わって救助活動をする資格ではありません。
災害に関する知識を身につけ、平常時から地域の防災意識を高めたり、災害が発生した際に地域で助け合ったりするための活動を担う存在です。
つまり、「もしものときに、地域の中で動ける人を増やす」ことも、防災士の大切な役割だと私は考えています。
8月27日、博労小学校の自主避難所へ
今回の大雨が降った8月27日の夕方、博労防災士会として、博労小学校に開設された自主避難所へ駆けつけました。
幸い、そのとき避難されている方はおらず、私たちも短時間の駐在となりました。
大きな混乱がなかったことは何よりでした。
一方で、「実際に災害が起きたとき、自分たちはどう動くのか」ということを、身をもって考える時間にもなりました。
防災訓練であれば、「こういう場合はこうする」と事前に決めておくことができます。
しかし、実際の災害は、いつ、どこで、どの程度の規模で起こるのか分かりません。
そのときに必要なのは、知識だけではなく、状況を見ながら判断し、周囲と連携して動く力なのだと思います。
そして、私は「何もできない自分」を感じました
今回、私自身が一番強く感じたことがあります。
それは、
「防災士として、もっとできることがあったのではないか」
ということでした。
大雨が降り、各地の被害が報道される。
スマートフォンを開けば、被害状況が次々と入ってくる。
テレビでも繰り返し災害のニュースが流れる。
私はそれを見ながら、被害がこれ以上大きくならないことを願うことしかできませんでした。
もちろん、情報を正しく把握することも大切です。
しかし、防災士という資格を持ち、地域の防災活動にも関わっている自分が、いざ災害を目の前にしたときに、「自分に何ができるのか」が十分に分かっていない。
そのことに、正直なところ悔しさを感じました。
「防災士であること」と「災害時に地域の役に立てること」は、同じではない。
今回、身をもってそう感じました。
資格を取ったことで満足してはいけない。
訓練に参加して終わりでもいけない。
実際の災害を想定し、地域のことを知り、地域の人と顔の見える関係をつくり、いざというときに動けるようにしておかなければならない。
今回の経験は、私自身にとって大きな反省であり、これからの活動への課題を突きつけられた出来事でした。
「富山は災害が少ない」は、もう過去の話なのかもしれない
富山県は、これまで「災害の少ない県」と言われることが多い地域でした。
もちろん、全国のさまざまな地域と比較すれば、そうした側面はあるのだと思います。
しかし、近年は状況が変わってきています。
2024年には能登半島地震が発生し、高岡市を含む富山県内でも大きな被害がありました。
そして今回の豪雨。
高岡市が今年3月に改定した「高岡市国土強靱化地域計画」でも、近年の災害の教訓を踏まえ、災害の激甚化・頻発化への対応が必要だとされています。
「富山だから大丈夫」
「高岡だから大きな災害は来ない」
そうした感覚を、私たち自身が少しずつ変えていく必要があるのではないでしょうか。
災害は、行政だけで防ぐものでもありません。
消防や警察、自衛隊、医療機関などの専門機関だけでもありません。
地域の自治会、学校、企業、商店、福祉施設、そして一人ひとりの市民。
地域にいる人たちが、それぞれの立場で備えることが、まち全体の防災力につながっていくのだと思います。
「家守」という名前に込めたもの
私たちの会社には、「高岡家守」という名前を付けています。
「家守」とは、文字通りには「家を守る人」です。
しかし私たちは、単に建物を守る会社になりたいわけではありません。
空き家を活用し、そこに新しい暮らしや仕事を生み出す。
人が集まり、人と人とのつながりが生まれる。
そうやって、建物だけではなく、高岡というまちそのものを次の世代につないでいく。
それが私たちの目指す「家守」です。
だからこそ今回、防災について考えることも、高岡家守の仕事と決して無関係ではないと感じています。
建物を守る。
暮らしを守る。
人を守る。
地域を守る。
そして、地域の未来を守る。
「まちづくり」という言葉の中には、そうしたことも含まれているのではないでしょうか。
まずは「知ること」から
今回の災害を受け、高岡市では被害を受けた方への各種支援や対応に関する情報を随時更新しています。
罹災証明や災害ごみ、衛生対策など、被災された方に必要な情報が掲載されていますので、該当される方はぜひご確認ください。
高岡市「令和8年8月27日からの大雨に係る支援・対応等関連情報」
また、現在、高岡市災害ボランティアセンターも開設されています。
被災した家屋内の泥のかき出しや、災害ごみの運び出しなど、被災された方の生活再建を支える活動が行われています。
「何かできることはないだろうか」と思われた方は、募集状況や活動内容を確認したうえで、無理のない範囲でご協力いただければと思います。
そして、被災していない私たちにとっても、今回の災害を「ニュースで見た出来事」で終わらせないことが大切だと思います。
自宅周辺のハザードマップを確認する。
家族と避難場所を話し合う。
非常持ち出し袋を確認する。
地域の防災訓練に参加してみる。
近所にどんな人が暮らしているのかを知る。
できることは、決して特別なことばかりではありません。
防災も、地域づくりの一部として
今回、私は防災士として、自分自身の力不足を痛感しました。
だからこそ、これを一度きりの反省で終わらせたくありません。
これからも防災士として学び、地域の防災活動に関わり、博労防災士会の仲間たちとも協力しながら、地域の防災意識を少しでも高めていきたいと思います。
そして、高岡家守株式会社としても、「防災」という視点をこれからのまちづくりの中にしっかりと持っていたいと思います。
魅力的なまちをつくる。
人が訪れたくなるまちをつくる。
住み続けたいと思えるまちをつくる。
そして、
災害が起きたときにも、互いに支え合えるまちをつくる。
それらは、決して別々のことではありません。
高岡のまちにある建物、人、文化、歴史、暮らし。
私たちは、それらを次の世代につないでいく仕事をしています。
今回の災害をきっかけに、改めて「何を守り、何を未来につないでいくのか」を考えながら、これからも高岡のまちと向き合っていきたいと思います。
最後になりましたが、改めまして、今回の豪雨災害により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
まだまだ不安な日々を過ごされている方も多いことと思います。
復旧には時間がかかることもあると思いますが、一日も早く、皆さまのもとに穏やかな日常が戻りますことを願っています。
私たちにできることは決して大きくないかもしれません。
それでも、地域に暮らす一人として、そして防災士として、できることを一つずつ積み重ねていきたいと思います。
被災された皆さまが、一日も早く安心して暮らせる日を迎えられますように。
高岡家守株式会社
代表取締役 福岡
富山テレビ放送「緑陰対談2026」に出演しました。高岡の未来を、地域のみなさんと考える
2026年8月12日(水)、富山テレビ放送(BBT)の番組
「緑陰対談2026 未来を育てる×まちづくり 高岡の挑戦者たちが語る地域の可能性」
に出演させていただきました。
今回の対談テーマは、
「育てる、変える、高岡の未来」。
高岡市長の出町譲さん、たかまち鑑定法人代表取締役・不動産鑑定士の服部恵子さん、株式会社M&Aナビ取締役の岩田尚也さん、そして私・福岡 経の4人で、高岡のこれからについて語り合いました。
私は今回は、高岡観光ボランティアガイド「やまたちばな」代表という立場で出演させていただきました。
「育てる、変える、高岡の未来」
対談では、大きく4つのテーマについてお話ししました。
① 高岡古城公園を、もう一度見つめ直す
最初のテーマは「高岡古城公園再発見」。
高岡市が進めている「高岡古城公園磨き上げプロジェクト」などを中心に、高岡古城公園のこれからについて語りました。
番組内では、私自身が出演した古城公園の案内VTRも放送されました。
観光ボランティアガイドとして高岡古城公園を案内する中で、私がいつも感じているのは、高岡古城公園は、高岡市民にとってもっと誇りにできる場所なのではないかということです。
もちろん、観光客の皆さんに高岡城跡の魅力を知っていただくことも大切です。
しかし、その前に、まずは私たち高岡市民が、この場所の歴史や魅力を知り、好きになること。
「高岡には、こんな素晴らしい場所がある」
そんな思いを市民の皆さんと共有することが、高岡古城公園のこれからを考える第一歩なのではないかと思っています。
② 人が集まるまちづくりと、空き家の可能性
2つ目のテーマは「人が集まるまちづくり」。
高岡のまちなかでは、空き家や空き店舗を活用したさまざまな取り組みが行われています。
対談では、「ほんまちの家」や「サカサカ」など、これまで高岡のまちなかで進められてきた取り組みについても話題になりました。
そして現在、私たち高岡家守株式会社でも、高岡大仏・高岡城跡エリアにある築70年~100年以上の空き家を3軒購入し、これらの物件を起点としたエリアリノベーションに取り組んでいます。
これは、私たちだけで新しいことを始めるというよりも、これまで高岡のまちで空き家活用やエリアリノベーションに取り組んできた先輩方の歩みを受け継ぎ、その次の一歩をつくっていくことだと考えています。
一軒の空き家を活用する。
そこに新しい人が訪れる。
新しい商売が生まれる。
人と人とのつながりが生まれる。
そうした小さな変化が積み重なることで、エリア全体が少しずつ変わっていく。
高岡家守株式会社として、そんな「まちの変化のきっかけ」をつくっていきたいと思っています。
③ 高岡の未来をつくる「新しい商人」
3つ目のテーマは「未来を創る挑戦者たち」。
高岡まちなかスタートアップ支援施設「TASU」など、高岡で新しい挑戦を始める人を支える取り組みについてお話ししました。
私がこのテーマでお話ししたのは、「高岡には、新しい商人の力が必要なのではないか」ということです。
高岡は、もともと「商人のまち」です。
江戸時代から商業が栄え、かつては「北陸の商都」と呼ばれるほど、多くの商人たちがまちを動かしてきました。
高岡の歴史を振り返ると、まちの発展を支えてきたのは、行政だけでも、企業だけでもありません。
「ここで商売をしたい」
「このまちをもっと面白くしたい」
「こんなことに挑戦してみたい」
そんな思いを持った人たちが、実際に一歩を踏み出してきたことが、高岡のまちをつくってきたのだと思います。
だからこそ、これからの高岡にも、新しい時代の「商人」=地域で挑戦する人たちが必要なのではないでしょうか。
お店を開く人、新しい事業を始める人、地域の課題をビジネスで解決する人。
そうした挑戦者が増えていくことが、高岡の新しい活力につながっていくと考えています。
④ 子どもたちの「探究」が、高岡の未来につながる
そして4つ目のテーマは「探究的な学びの推進」。
高岡市立高陵中学校で始まった「探究的な学び」についても、対談の中で取り上げられました。
私自身も、所属する一般社団法人高岡青年会議所で、高校生を対象としたキャリア教育の出前授業に取り組んできました。
その経験からも、これからの子どもたちには、誰かから答えを教えてもらうだけではなく、自分で問いを見つけ、自分で考え、自分で行動してみる経験が大切だと感じています。
そして、それはまちづくりにも通じるものがあります。
「高岡には何が必要なのか?」
「自分たちの地域をどうしたいのか?」
「そのために、自分には何ができるのか?」
こうした問いを、子どもたち自身が考えること。
もしかすると、今、高岡で学んでいる子どもたちの中から、将来の高岡をつくる新しい「商人」や「まちの担い手」が生まれるかもしれません。
高岡の未来は、誰か一人がつくるものではない
今回の対談を通して、改めて感じたことがあります。
それは、高岡の未来は、誰か一人がつくるものではないということです。
古城公園を守り、魅力を伝える人。
空き家を活用して新しい場所をつくる人。
新しい商売や事業に挑戦する人。
子どもたちの学びを支える人。
そして、日々このまちで暮らしている一人ひとり。
それぞれの立場からの小さな挑戦が重なっていくことで、まちの未来が少しずつ形になっていくのだと思います。
私自身も、観光ボランティアガイドとして、そして高岡家守株式会社の一員として、これからも高岡のまちと人に向き合いながら、自分にできることを一つずつ積み重ねていきたいと思います。
今回、このような貴重な機会をいただき、出演者の皆さま、番組制作に携わっていただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。
そして、番組をご覧いただいた皆さま、ありがとうございました。
「育てる、変える、高岡の未来」。
その未来を、私たち自身の手で少しずつつくっていけるように。
これからも高岡家守株式会社は、高岡のまちで挑戦を続けていきます。














